金閣寺の歴史の流れ
金閣寺の正式名称は鹿苑寺です。舎利殿である金閣が広く知られ、金閣寺の名で呼ばれています。臨済宗相国寺派に属し、相国寺の山外塔頭にあたります。
歴史は大きく三つに分けられます。西園寺家の山荘の時代、足利義満の北山殿の時代、そして義満の没後に禅寺となってからの時代です。1950年には金閣が放火で全焼し、1955年に再建されました。いま鏡湖池の向こうに見える金閣は、この再建後の建物です。

西園寺家の山荘から北山殿へ
この地にはもともと、西園寺公経が営んだ山荘と寺院がありました。1224年に供養が行われ、1225年には定家が訪れています。義満はこうした由緒のある土地を引き継いで北山殿を築きました。
足利義満は1358年生まれです。1394年に将軍職を子の義持に譲り、1397年に北山殿の造営を始めました。その中心となったのが金箔を施した舎利殿、つまり金閣です。1408年には天皇の行幸があり、同じ年に義満が亡くなりました。遺言により北山殿は禅寺に改められ、夢窓疎石を勧請開山としています。
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昔の金閣寺と三層の造り
金閣は三層の舎利殿で、二層と三層に漆の上から金箔が貼られています。一層の法水院は寝殿造、二層の潮音洞は武家造、三層の究竟頂は中国風の禅宗様で、屋根の上には鳳凰が立ちます。
義満時代の金閣では、一層に釈迦三尊、二層に観音殿、三層に仏舎利が安置されていました。これは義満の造営当時の姿で、現在の内部をそのまま説明するものではありません。
焼失前の舎利殿は、義満の時代から1950年まで池のほとりに建っていました。明治期には解体修理が行われ、1904年に完了しています。このときの記録が、のちの再建の手がかりになりました。建築の見どころは金閣の造りと鳳凰で詳しく紹介しています。
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1950年の金閣寺炎上
1950年7月2日、金閣寺放火事件により、舎利殿の金閣が全焼しました。火を放ったのは寺の徒弟です。義満の時代から建ち続けた舎利殿は、この火災で失われました。
金閣炎上のあと、寺は明治の解体修理の記録をもとに、金閣を元の姿で建て直すことを決めました。
1955年の再建とその後の修理
再建工事には3年をかけ、金閣は1955年に再建が完了しました。金閣の落慶供養は1955年10月10日に行われました。1958年には方丈と大書院の修理も行われています。
1987年秋には漆の塗り替えと金箔の貼り替えが行われ、天井画と足利義満像も修復されました。
世界遺産と特別史跡・特別名勝
1994年、金閣寺は世界遺産「古都京都の文化財(京都市、宇治市、大津市)」の構成資産の一つになりました。構成資産は京都、宇治、大津の17件です。鹿苑寺の庭園は特別史跡・特別名勝にも指定されています。庭園の歩き方は金閣寺の庭園のページをご覧ください。
三島由紀夫の小説『金閣寺』
金閣炎上は、三島由紀夫の小説『金閣寺』の題材になりました。1956年に新潮社から刊行されました。語り手は創作された人物で、作品は文学として読むものです。実際の事件の記録として扱うものではありません。
小説を読んでから訪ねる方も多くいます。歴史を知ってから歩くと、池越しの金閣の見え方が変わります。
金閣寺の年表
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1224年 | 西園寺公経の寺院が供養される |
| 1358年 | 足利義満が生まれる |
| 1394年 | 義満が将軍職を義持に譲る |
| 1397年 | 北山殿の造営が始まる |
| 1408年 | 行幸、義満が死去し、禅寺に改められる |
| 1904年 | 明治の解体修理が完了 |
| 1950年 | 7月2日、放火により金閣が全焼 |
| 1955年 | 再建、10月10日に落慶 |
| 1956年 | 三島由紀夫『金閣寺』刊行 |
| 1987年 | 秋に漆と金箔を一新 |
| 1994年 | 世界遺産の構成資産になる |
年表と現地の風景を結びつけたい方には、90分ほどのガイド付き拝観が手軽です。
拝観で歴史をたどる
拝観は庭園の散策が中心です。鏡湖池越しに金閣を眺めたあと、金閣の先には石段が続きます。金閣は外から眺める建物と考えて計画しましょう。拝観料は大人(高校生以上)500円、小・中学生300円(2026年)、拝観時間は毎日9:00〜17:00です。詳しくは拝観料と拝観時間のページへ。
京都の街全体の歴史は京都の歴史で紹介しています。足利義政が1482年に東山殿の造営を始めた銀閣寺と比べるなら、金閣寺と銀閣寺の違いも参考になります。
金閣寺の歴史についてのよくある質問
今の金閣は建てられた当時のままですか?
いいえ。当初の金閣は1950年7月2日に全焼しました。現在の金閣は明治の解体修理の記録をもとに3年かけて再建され、1955年10月10日に落慶しています。金箔は1987年に貼り替えられました。
金閣は放火事件から10年後に再建が完了したのですか?
いいえ。金閣は1950年7月2日の放火事件後、1955年に再建が完了しました。落慶は1955年10月10日です。
金閣寺を建てたのは誰ですか?
足利義満が1397年に北山殿の造営を始め、1408年の義満の死後に禅寺となりました。それ以前には西園寺公経の山荘と寺院があり、1224年に供養されています。
金閣寺炎上はいつですか?
1950年7月2日です。寺の徒弟による放火で、金閣は全焼しました。
三島由紀夫の『金閣寺』はいつ刊行されましたか?
1956年に新潮社から刊行されました。事件を題材にした小説で、登場人物は創作です。
金閣の中に入って拝観できますか?
通常の拝観は庭園を歩くもので、金閣は池越しや散策路から外観を眺めます。
